【使えない糞回答】ヤフー知恵袋の回答にWikipediaを張り付ける人の心理。

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Wikipediaはフリー百科辞典で、パソコンがあれば誰でも読める。
そんな事実を小学校低学年で分からせ、尚且つ人前で恥をかかせないと改めないような人間が大人になると、欲求不満を拗らせてヤフー知恵袋の回答にWikipediaを張り付けるようになる。

幼少期の学習が未熟だったから未熟な子供の自意識だけでやるお手伝いがどれだけ邪魔か気付いていないし、正直邪魔なお手伝いでも頭をなでてやるのは肉親ぐらいだ。
世間的に分別がある年齢でしかも邪魔となると、現実なら穏やかではない手法で分からせようとする人もいるがそれがネットとなると、そうはいかないし、ヤフー知恵袋の回答にWikipediaを張り付ける大人が嫌がらせではなくその行為をしているなら人の顔色に鈍感ながらも何となく社会に貢献していない事を分かってる大人があの行為に走るんだろう。
知的障害者の子供が、よくは分からないが何となく仲間外れにされた事だけは分って暴れるような幼稚な行為だ。

満たされない思いがネットで爆発している。

【ヤフー知恵袋あるある】何も知らないのに知ったかぶりをして偉ぶる人の心理。

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ヤフー知恵袋やユウチュウブによく見る光景だがその人は○○について聞きたいから○○について不特定多数に聞いた。
その姿が単純に馬鹿に見えたから第三者が「自分で調べろ馬鹿」と書き込んだ。
当然質問者は第三者に「貴方は何か知っているんですか?」と尋ねる。
三者はそもそもその質問については知らないか或いは人に説明出来るほど詳しくはないが、第一印象から相手を馬鹿と見なしているので売り言葉で「知ってるけどお前なんかには教えないからwww」と書きこむ。
顔が見えないからこんな不毛なコミュニケーションが産まれる。

落ち目だと気付かせない為の適切な態度について。

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落ち目だと気付かせない為にはどうしたら良いか?
それは徐々に撤退する事だ。
落ち目になった時に焦ればそれはもう鮮明に伝わり、落ち目だと気付かれて良い事なんて何もない。

落ち目になった意地悪な大人が取りがちな態度について。

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意地が悪い態度こそが偉さだと大人の証明だと勘違いした存在が、意地が悪く振る舞える場所を失うとどうなるか?
「私はキチンと自分の身分を弁えていますよ?社会の皆さん私は偉いでしょう?」とでも言いたげに卑屈に小市民を演じるか、或いは過剰に大人ぶりマウントを取りたがる。
下の場所で如何にも自分は社会を見てきたかのような顔をして、社会のルールにはまっていると思う事でそれを最後の拠り所にする。

しかし卑屈に小市民を演じた所で、意地が悪い事が偉さの証明であり大人だと信じた存在が、小市民を隅々まで演じる事は決してない。
気の良い小市民のふりをしながら、どこかで意地悪をして自分の偉さを証明しようと狙っているからだ。
そう言う人はバレバレのフェイクを纏いながらもヘコヘコ・ニヤニヤしている。
そんな自分が急に怒ったりするとは考えないだろう?
意地悪な人間だとは思わないだろう?
なんてしょうもない事を考えながら、意地悪こそが、どんなゴミ溜めでも自分を多少はマシな猿山の猿にする手段だと信じきっている。

仮に生活保護を貰っても卑屈に政府の批判をし、あくまで自分を被害者にしたがるタイプだ。
真面目に生きてきた人が生活保護に陥る社会は可笑しいだとか、まさか自分が生活保護に陥るとは思っても見なかった等と言いながらどんな身分でもマウントを取りたがる。
どのような場面でも自己責任は自分にはないタイプだ。

人に配慮しないとどうなるか学習した姿が老人である。

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人に配慮しないとどうなるか?
心が苦しいと感じる人はいるだろう。
エンパスなら尚辛いだろう。
しかしサイコパスなら何も感じない。
人に配慮しすぎても心から感謝してもらえる訳でもないし、大抵の場合返ってもこない。
では人に配慮しないと罰則があるかと言うとあまり機能していないように見える。
だから人間は学習と老化に伴い段々と自分の事しか考えられなくなる。
どうせそうなるならと言う気持ちもある。

喉元すぎれば熱さ忘れる薄情者には認識を捨てるしかない。

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中途半端な甘さは薄情者にこそしてはいけない。
そもそも薄情者には情が通じないし、すぐに喉元すぎれば熱さ忘れる。
情が通じないなら居ない者として考えるしかない。

自分の中だけでも故人の枠は設けた方が良いかもしれない。

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意思疏通が出来ない存在と言うのは言葉がかわせる死人のようなものだ。
どうせ皆死んでしまうのだから私の中だけても死人に切り替えた方が良い認識は沢山あるのかもしれない。