DQNが増えるとDQN向けにカスタマイズされた居心地の悪い世界が生まれる。

face_angry_man3.png

 

私は基本的に肉体労働者が作った建築物と言うものを信じない。
知りもしないのに偏見を言えば彼等は常に肩肘を張り合い、力のないものは罵倒し最後には力量で出切るかではなく、思い込みに委ねて仕事をさせようとする。
上の人間がしっかりとした人間なら良いが、何かの原因で実力のない人間が上に立った場合等その建物の仕上がりは保証できない。

新聞はインテリが書いてヤクザが売るなんて言ったりする。
肉体労働者=DQNではいくら私が差別主義者でもそれは絶対にないが、仮に肉体労働者を乱暴な言い方で全てDQNに置き換えてしまうと″建築はインテリが書いてDQNが作る?″いや、いわゆるゼネコンが管轄する建築物の場合上の人間も偏見を言えばDQN染みてないと勤まらない。
阿部サダヲがゼネコンの会社で働くある程度親しみの持てるサラリーマンの役でビールのCMをしていたらそれは現実味があるが、内村光良が同じ設定でCMに出ていたら違和感を持つ。
所謂ゼネコンとはそう言う人間が働く会社で、よっぽどタフじゃないと軟弱者は恐らく直ぐに逃げ出す。



話は変わるがアルコ&ピース平子祐希が家族旅行でホテルを利用していたらチェックアウト一日前に何度も電話され、間違ったチェックアウトの日時を温度感高めに何度も話されたと言う。
何故ホテル側がチェックアウトの日時を間違っていたのか分かったかと言うと平子祐希の手元には正しいチェックアウトの日時が書かれたメールが届いており、それを平子祐希が指摘すると、ホテル側の人間は自分の間違いを認識しながら結局怒ったまま″だからそれを知らせる為の電話だ″と言うような主旨の話にすり替え結局謝らなかったと言う。

これは出先の海外の話で、この対応には人種差別やその国の温度感等があるのかはしらないが、これが現状の日本なら中々ありえる話ではない。
ただ海外のホテルの職員が謝らなかった背景には絶対に″謝ったら多くのものを要求する人間″の存在があるはずだ。
何でこの話が建築の話の後に来るかと言うと、結局過度に押さえつける人間がいるから、納期に終わらない仕事を組まなくてはいけなかったり、物を頼んだり本来は謝罪しなくてはいけない人間を威圧したりと言うトンチンカンな事をしなくてはいけなくなるからだ。

そう言う風に世の中がDQN向けにカスタマイズされていくと、全部建前になって人に感謝したり誇りを持って仕事をする人が減ると思う。
例えば接客ならお客さまに失礼がないような接客から、お客が五月蝿いから行う接客に中身が変わるはずだ。
仮に上部が同じでもDQNが文句を言わないようにする事が目的の接客が気持ちの良いものな訳がない。