【弱者の連帯責任】マイノリティになると社会の目と他のマイノリティの足手まといな言動、両方が敵になる。

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″当たり前(の価格では)買えないですよね″とテレビメディアの前で語った何とも言えない醜い顔をした人の親であり、そして生活保護自給者を恨んだ自給者はどれ程いただろう。
あれは周りの目が見えなくなった当事者の典型例であり、″自分が不幸だ″と言う認識が世間の常識だと考えた結果、″半額で肉を飼う人は沢山いるし貧乏である=生活保護ではない″と言う認識が抜け落ちていたから、ああ言う言動になった。
政権は別に好き好んで生活保護を国民に与えている訳ではないし、政府はいつでも国民感情を武器に出来る。

テレビの取材を″可愛そうな自分を分かってもらえる好機″だととらえたあの女の目論みは全く真逆に働いている。
何故ならあの女は生活保護を叩く理由として高確率で貼られる画像の代名詞なのだから。
私は敢えてその画像は張らない、怠惰と自分勝手とメンヘラが表に出た嫌な顔だからだ。
しかしあの女のせいで遠回しに生活保護が機能しなくなるなら、一番始めに困るのは本当に生活が成り立たない人達だ。
(始めから取り上げている主婦の生活についてはこれ以上言わないが、頭が悪くその態度が裏目に出たのは事実だ)。
私はこれを弱者の連帯責任と呼んでいる。

社会的マイノリティが故に他の当事者の原動の煽りをもろに受け、連帯責任を受ける。
逆にマジョリティは数を武器に連帯責任を受けないように揉み消すか或いはそれが普通だと開き治れる。
一度マイノリティになれば、同列の不祥事と社会の差別、両方と戦わなくてはいけなくなる。