論破の際の台詞を間違えるとみっともない。

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人は自分が鉄板だと思っている決め台詞のような論破(できると思っている台詞)を中々手放さない。
それを言う時は感情的になっている事も多いから特にだ。
最早気持ちよくなりたいだけで言葉の意味もよく分かってはいないのかもしれない。
水戸黄門の印籠や、逆転裁判の「意義あり」というような台詞ならそれで良いのだ。
しかし水戸黄門が小汚い雑巾を懐から取り出し、「意義あり」という台詞の変わりに大声で「パンティー」と叫んだとして意味があるだろうか?
それを言えば相手が怯むと思っている台詞を間違えるとみっともない。