怒りの根本はシンプルだからこそ達が悪い。

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ずっと喋る人間がいたとして、その相手の言動に怒りを露にしたら「痛い所を疲れたから怒るのだろう」と相手が言ったとする。
いや人間は騒音についても普通に怒るし、相手が人間だからとかそう言う事は特に関係がない。
何が言いたいかと言うと、怒りは原始的な感情で「痛い所をつかれた」とかネット民みたいに自称論破でも楽しみたいのか走らないが人は只不愉快だから怒るだけでシンプルだからこそ達が悪い。

例えばスマートフォンの画面の自動回転がいつの間にかオンになっていたとして、平穏な精神状態なら只の現実だ。
しかし精神状態によっては人はそれだけで怒り狂い例えばスーパーで見れば分かるだろうが口癖の客のように「俺が画面の自動回転をしないことぐらい分かっているだろう」と怒り狂う。
つまり怒りと言う物は不意に来るものであり制御はほとんど不能なのだ。
不愉快な人間の声を騒音と認識してもまだ腹が立つなら、自分が腹が立たない音、例えば雨音等に脳内変換すれば良い。
しかしその変換は不意に途切れる。
人間の余裕は電池みたいなもので、余裕がなくなると節約の為、平常時に出来ていた事をどんどんカットする。

そうすると雨音は騒音に変わり、騒音は目の前の人間の声に認識が変わる。
その瞬間の相手の一言によっては怒りが爆発する。